大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和42年(ネ)408号 判決 1967年7月25日

理由

被控訴人が昭和四一年六月八日長谷川に対し金額二〇万円、満期同年九月八日、振出地空欄(成立に争いのない甲第一号証の一〔本件約束手形〕によると、振出人である被控訴人の記名に川崎市宮前町一三番地なる附記がなされていることが明らかであり、本件弁論の全趣旨によると、控訴人は右振出人の記名になされた附記を以て振出地の記載を補充すべきことを主張するものと解せられる)、支払地川崎市、支払場所株式会社東海銀行川崎支店なる約束手形一通を振出したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証の一、二によると、長谷川は昭和四一年六月八日右約束手形を控訴人に対し裏書譲渡したことが認められる。

しかるに被控訴人は、本件約束手形はいわゆる裏書禁止手形であると主張する。

昭和四一年六月八日控訴人が長谷川から本件約束手形の裏書譲渡を受けた際その裏面第一裏書欄に「裏書禁止」なる文言が記載され、その右横に振出人である被控訴人の印影が押捺されていたこと(右印影が表面の振出人名下の印影と同一であることは本件手形を一見して容易に看取し得る)、右文言及び押印は現在抹消されているが、右は控訴人が本件約束手形の裏書譲渡を受けた後これを日本相互銀行に取立委任しようとしたところ、同行係員から右裏書禁止文言及び押印を抹消してもらうよう指示されたので、これを裏書人である長谷川のもとに持参し同人からその抹消を受けたことによるものであることは当事者間に争いがなく、右事実と前掲甲第一号証の一、二によると、右「裏書禁止」なる文言が振出人である被控訴人によつて記載されたものであることは容易に認識し得べきものであつたといわなければならない。

しかるところ、右甲第一号証の一、二によつて明らかなごとく、本件約束手形はいわゆる手形用紙を使用して作成されたものであつて、その表面に「上記金額をあなたまたはあなたの指図人へこの約束手形と引替えにお支払いいたします。」なる指図文言が印刷されており、これと右裏書禁止文言とが併存しているのであるが、裏書禁止文言がわざわざ書き加えられこれに押印までされている以上振出人の意思は右指図文言の残存にかかわりなく裏書を禁止する趣旨にあるものと認むべきである。そうとすると、本件約束手形はいわゆる裏書禁止手形であつて、これにつき裏書をすることはできないこととなる。

しかし、裏書禁止手形であるからといつて、本件約束手形の譲渡性が全面的に喪われるわけではなく、これに化体された権利は指名債権の譲渡と同一の効力をもつて譲渡し得るものであることはいうまでもない。しかして、本件約束手形には長谷川から控訴人に対する裏書の存すること前認定のとおりであり、右裏書は裏書としての本来的効力を生じないものであるけれども、なお同人の有する手形上の権利の譲渡の意思表示としての効力を具有するものと解すべきであるから、同人が振出人である被控訴人に対し本件約束手形に関し有する権利はこれにより控訴人に譲渡されたものというべきである。

そこで、さらに本件約束手形がいわゆる見せ手形であるとする被控訴人の主張について審究する。

《証拠》 によると、本件約束手形は被控訴人が長谷川から取引先の西川土建に示して信用を得る手段とするだけで他に裏書譲渡することはしないからと懇請されて振出したものであつて、原因となるべき債権債務関係の存在しないものであることが認められる。さすれば、被控訴人は本件約束手形につき長谷川に対し何らの義務を負担するものではなく、控訴人は右原因関係の不存在を以て対抗され、長谷川から本件約束手形上の権利の譲渡を受けたにもせよ、被控訴人に対する何らの請求権をも有しないものというべきである。

してみると、控訴人の本訴請求の理由のないことは明白であるから、これと同旨の原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例